月の光が、一段と強い夜だった。 「…そこにおるのじゃろう?」 廊下で一人、月を眺めていた女性―――西安京の王女・ヒミコは、どこかにいるであろう人物に向かって声を投げかけた。 「さすがはヒミコ様。ミーが来ることもお見通しってわけで?」 「いや…ただの勘じゃ」 「勘、で。…ユーにミーの能力はもう必要ないかな?」 「そんなことは言っておらんだろう。妾にはそなたが必要なのじゃ…ウシワカ」 ウシワカ、と呼ばれた男は急に現れたかと思うと、そっとヒミコの隣へと降り立った。 それを確認したヒミコは、視線をまた闇の中にぽっかりと浮かぶ月へ戻し、ぽつりと言葉をこぼす。 「…笛を。そなたの笛の音を、聞かせてくれぬか?」 「オーケー。何がお望みで?」 「月夜に、合うものを」 それだけ言うと、ウシワカはどこからか笛を取り出し、静かにしずかに吹き始めた。 ゆるやかに、流れるような笛の音色と、煌々と照る月と。ヒミコはこの上ない幸せに包まれている様な気がしていた。 「そなたには、世話になりっぱなしでおじゃるな」 「…?」 「あれは嫌だこれは嫌だと駄々をこねたり、やるべき事から逃げたりもしたな。…ウシワカが、いつも側で支えてくれていたから今の妾がいるのじゃ。…感謝しておるぞ」 「嫌だなァ、急にそんなこと。ヒミコ様らしくもない」 少し照れたように、しかし冷め切った笑みを見せるウシワカの隣で、ヒミコは小さく笑う。 「もう一曲、頼めるかえ?」 「ユーの望みであれば、何なりと」 「ウシワカの、一番好きな曲を、聞かせておくれ」 「…仰せのままに」 「…ありがとう、ウシワカ」 少し俯きながら微笑むヒミコをちらりと見、手の中にある笛を見、夜空に輝く月を見、ウシワカはまた静かに笛を吹く。 それを耳に入れたヒミコが、そっと涙していたのをウシワカは見ないふりをした。 「(今まで、生かしてくれていてありがとう。妾は…幸せだった)」 そう遠くない未来を思う。 憎らしいほどに、月は煌々と輝き続ける。 まるで、二人をあざ笑うかのように。
月の調べ 06 9/9(07 12/12) (ちょこっと書き足したり。ウシヒミ好きだぁぁぁぁ!何) |